自然が豊かになるとは、生き物が増えていくということです。やまんばの森を歩くと、水がたまりやすい場所には、イノシシの「ぬた場」を見つけることがあります。ぬた場とは、野生動物が体に付いている虫などをはらうために、体を擦りつけたりして泥を浴びる場所で、そこが獣の生活エリアであることがわかります。自然が豊かになることに、反対する人はいません。しかし、里山のそばで暮らす人にとっては、やっかいなことが起こっているのです。イノシシやシカ、サルが田畑に下りてきて、農作物を食い荒らしてしまいます。一年かかって作ったお米や野菜は無惨な姿に。誰に怒りをぶつけることもできず、おだやかな気持ちでいることなどできません。それを、獣害とよんでいます。
ではなぜ獣害が起きるのでしょうか。シカなどは全国的にみても、ここ10年で相当な数に増えています。その一方で、ひとえに山に人が入らなくなったせいだともいわれています。昔の暮らしは頻繁にたきぎを取りに山に人が入っており、獣たちは人間におびえて山の奥に棲んでいました。けれど、今の里山は手入れ不足で、田畑のそばまで昼間でも真っ暗なヤブの状態になっており、獣たちは身を隠すのにとても好都合です。人間に見つからず、田畑のそばまで近づくことができるからです。苦労せずにおいしいものを手に入れることを獣たちは覚えてしまったのです。
深い森でたくさんの野生動物が暮らす世界は素晴らしいと思います。しかし、獣たちと人が暮らす領域が重なると、とたんに獣害と呼ばれるようになるのです。共生とは同じ場所で生きることではなく、互いに一定の線を保って、それぞれが干渉せず生きること。分かれて住むことではないかと思うのです。最近では、里山の手入れで風通しのよい明るい森にすることによって、獣たちが里に近づきにくくなり、獣害を減らす効果があることもわかってきました。